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色の絵を塗るワークショップ

 

キャンバスに色を塗るだけで絵ができる。 

絵を描くのが下手という人でも、感情を発するのはできる。

感情を出す、ということは抑圧から解放されるということか。

無意識の抑圧から開放されて、だからなんだということになる。

でも、したほうがいいよ。

色の絵を描くのは歌を歌うのに似てる。

絵が描けなくてもできるとはいえ、身体を使うので、じつはけっこう人によって印象が変わる。

100号の絵は、私の足の長さには最大限の大きさかなと思う。足を使ったワンストロークで端から端まで行ける。

歌を歌うのも技術にしか意識が行ってない人を見ると、ここでも抑圧してるなんて大変だなと思う。

感情を表現することが、そんなにいいことだと思わない。という大人もいる。

そんなに感情がないという人もいる。

そういう人は色の絵にどう取り組めばいいんだろう。

明るい感情をどうしても持てない人は、明るい感情の絵を描いて、それにその人の方がつられるということがあったらすてきだ。

批判、されてみたい。

それに反論してみたい。

病室に、病人の枕の上方に飾ってほしい。お見舞いに来た人も、元気になってほしい。

 

抽象的な美しさ。

 

人間の情動、人の体、自然の力、統一

 

愛情を持つのが怖い。不確かで、裏切られるから。でもそれでも、愛してた時間はもったいなくない。

 

具体的に、どの色を塗るか、どの色をどのくらい混ぜるか、経験のない人にちゃんとできるのか、

その人がどんなもの描きたいかヒアリングして、こちらから提案していくのが無難か。

色混ぜすぎるとくすんでしまうし。

原色が嫌いだという人には、白で濁してもらおう。優しくなる。

でも、強い光を浴びてほしいな。

 

水色は空や海の色

赤は肉や夕焼け、ほのおの色

きいろは光、光とフルーツ

白も光あと精神

青も精神、あとエネルギー

オレンジもエネルギー、あと音

黒は穴

紫は魔術、よくわからない

ピンクは優しさ、愛情

緑は葉っぱ、理性的

単純にそれをたよりに色を選んでくれればいい。これは精神分析じゃない。

ピンクを選んだから、性的欲求不満ですね~とかそういうことじゃない。

精神分析じゃないっていうところを声高に言わないと、そういう勘違いは多いかもしれない。 そういうことじゃない。「分析」じゃない、作ることは。感情が発することを分析しないで、客観的にならないで。

 

アトリエに入って彫刻やり始めると、気持ちが良くて、全部忘れてしまう。だからやらなきゃいけない事はメモしておいて、今日は暗くなるまでやってていいていうことにしておく
 
チェンソーなんか振っていると、集中が本当に大事。足とか目とかすぐケガしかねない。朝から車を運転して出勤する人はすごいなあと思う。私は朝の気持ちよさで、お酒飲んでる時よりぼーっと運転してしまうだろう。チェンソーはうるさいから10時以降しか使わないようにしてるけど、今変な使い方してるから、けがしそうって何度か思った。体をぼろぼろにしながら努力をする人がいて、それを評価されるのが嫌だと、いろんなんところで言ってきた。林檎の自然栽培で有名な木村さんだっけ、歯がない人。出稼ぎしてた時にチンピラに殴られて歯がない。以前、ストイックな友人に「井浦さんもその年なら歯の神経の一本くらい抜いてるでしょう、え?!抜いたことないの?!」って言われた時も、私歯が抜けるの本当に嫌なの。って思った。
 
器用だってことは、自分の体と世界をマッチさせられるってことな気がする。あと体全体の筋力。チェンソーを使うときも、重いものを持ち上げるときも、腿の裏をよく使う。腕とか腰は使ってはダメ。でも力持ちの男の子はわざと、腕や腰の力で持ち上げる。その方が力持ちに見えてかっこいいからだ。力のない女性でも、体全体がうまく使えてればけっこう重いものも持てる。でも、見た目が悪いので、男の子はやってくれたがる。
 
梨木香歩が顔を全然ださない。ドイツで育った両親日本人の女の子が、「チップ制って、女の子がおじさんとかに色目を使うと高くなる。それってなんか、なんか」と言っていた。女性でも男性でも、素敵な人はすてきだ。顔がでかくても、左右の目の大きさが違っても。
「顔がでかいこと笑わないでよ!」という男の子がいる、面白く言って気にしない風を装ってるけど気にしてる。でも、顔がでかいのも本当に良いと思う、仲良くしたくてからかっちゃうけど。おしりも大きくて、いい男だなあと思う。
 
須賀敦子はもう死んじゃったけど、検索するといくつか顔写真が出てくる。私大好きな作家。彼女は女性として愛され、女性だからさげすまれたこともあったろうし、人間として愛され、人間として仕事して、日本人として見られ、日本人としてのけ者にされたり、愛されたり、してた。
 
芸術は自分の内側を掘り下げていかなくてはできない。
売りたいと思って周りの要求にこたえようとしすぎた。
ストイックなのがかっこいいと思うけど、おおらかなのがすてきだとも思う。
女性的だから嫌ってことと、女性的ですてきだということもある。
芸術には強い思いが反映されるけど、愛も不幸も本当は芸術に関係ないのかもしれない。
技術がすごいということは、精神が優れてるともいえるけど、そういう精神の高みじゃなくて、広がりのようなことを意識してみようと思う。
 
評価されるようなものを作らなきゃ甘いんだと思ってたけど、人にわかるように作らなきゃ、意味がないんだと思ってたけど、やっぱり評価は難しいから、おいそれと評価してもらえるもんじゃない。死んでからの評価でいいやと覚悟を決めよう。
来年は彫刻はこもって研究しようと思う。
良いもたくさん作って、それから誰かに売ってもらおう。
 
去年の目標は愛されることを受け入れるだったけど、達成はしなかったけど、今年は愛そう。破壊の力じゃなくて、愛してる気持ちで作ろう。気持ち悪いけど、私が死んだ後に見るならいいでしょう。もう死んだおばあさんの持っていた、深い愛情。私が須賀敦子の本を読んで感じるような。
あるいみ、自分が大事にされる現場が見つかったことは愛されることを許そうとした成果と言える。けど、すごく切ない。
でも、芸術家としてより役に立つことがあればそこで生きた方が私も幸せだ。
 
周りの人にも、自由で幸せでいてほしい。悔いなく生きてほしい。
 
 

犬の話です。
正月に鳥取たみに行ってから「故郷」について意識してて。私はどこへ帰ったらいいんだろう、と考えていた。松崎は初めて行くのに、なんか「帰ってきた」という感じがした。すべて見たことないものばかりなのに。正月という季節がもしかしたら、どこへ行っても「帰ってきた」と感じさせるのかもしれない。
 
生まれた町田にはなんの思い入れもないし、母のおばあちゃんちのある甲府はおせちの味とか、伯母のすごい性格とかには懐かしさがあるけど、甲府自体は一年に一回か二回正月と夏休みに行くところで、場所に対してはあんまり何も思わない。甲州弁も聞くとすごく懐かしさがあるけど、自分は喋れない。
 
イタリアのシエナは、4か月しか滞在してないんだけど、なぜか、帰ってきたーという感じがする。みんなで郊外へ出かけていて、夜遅くに車で帰ってくると、だんだんシエナの時計塔が見えてきて、ドゥオモが見えてきて、きらきら光っていて、イタリア語で「もうすぐ着くー」とか「やっとついたー」という言葉を覚えて、叫ぶ。
城壁の外のいつもの駐車場にたどり着くと真っ暗に街灯がぽつぽつ見える程度。帰りはとにかく上り坂で、寒い暗い夜道の分岐を一人づつお別れしながら歩いて最後は1人になる。曲がりくねる石畳を登って行って、住んでいた斜めの建物につくと、さらにやっとついたという感じがする。大して長く生活してたわけでもないのに、イタリア料理を食べても懐かしい。
そんなこと言うと、イタリアかぶれとか思われてしまうんだけど、どうやらイタリアってのは「郷愁」っていうものでできてるんだと思う。
 
もう一つ不思議なのは、日本犬、柴犬とか秋田犬に道で会うと、犬がこっちを見てる、「あなた・・・柴犬じゃあ、ないですよね?」という顔でこっちを見る。それで仲良くなると、それらの犬は、人んちの犬で、道で会ってるんだけど「おかえりー!」って言うんだよね・・・何それって思うかもしれないけど、かれらは忠犬ハチ公じゃなくても、いつも何か待っていて、しっぽを振って「おかえりーー!」という生き物なんだよ、きっと。だから、ものすごく懐かしい。
 
まこれはちょっと飛躍しすぎな話だけど。
私はイタリアと、犬に郷愁を感じるという話。
 
岡山は私の故郷になってくれるんだろうか。
岡山を私の故郷にしたい、と思い始めている。
 
 

語学を身に着けるのに、その言葉を喋る人たちに、知らないゲームを教えてもらいながら遊ぶのは良い。

久々に夢を見た。環境が変わって脳を整理するときに見る、なんか怖くて変な夢だ。
前の夜にバイト先で、ロシア人とイギリス人と英語ペラペラの日本人と日本語英語ペラペラの香港人とで、カードゲームやってて、私も仕事が終わってから参加させてもらった。みんな英語でボヤいたり喜んだり、悩んだり、意地悪したり、駆け引きしたりする。イタリアでもこういうことがよくあったんだけど、一緒にゲームするのはすごく楽しいし、言葉を身体で覚えるし、なんかすごく幸せ。そのときやたら英語が体に入ったせいでたぶん、夢を見た。

夢の中の設定では 有名な芸術家のおじさんという人(椿昇と榎中を混ぜたような容貌で、スキンヘッド小柄)が、私が嫌いな作品で有名になっている。友人たちは、そういうのが売れるのはしょうがないとあきらめている。その作品は道とか部屋に落ちてるカバンが爆発してびっくりするというもので、威力は風圧がひどいだけで、人は傷つけるほどではないということだけど、それがなんの豊饒な芸術なんだろうと疑問に思っていた。最近高校生がその作品で顔にひどいやけどを負ったという事件で非難され話題になっている。芸術方面の人たちは彼を擁護。世間のテレビ見てる人たちは非難してるという状況。
でもなぜかその芸術家とギャラリーか出版社の担当の人、私と私の友人4人が公民館みたいなところで向き合っている。友人は最近子供を生んだ目白の人と、同級生の男の子と、群馬の女の人と、今一緒に働いてる倉敷の女の子だった。芸術家は得意げに呆れた顔で自分の作品の正当性を、お前らにはどうせわからないというふうに話している。若い人たちは嫌気がさしても受け答えはソフトで「はあ」とか「まあ」とか「ですよね」とか優しい。それが気に障ったのか、のれんに腕押しの若者たちに愛想が尽きて、机の下から例のカバンをとりだす。皮でできた、A4サイズくらいで、厚みがあって、外にポケットが二つ付いてる黄色い皮のカバンだった。私たちはそれがあれだと分かる。
芸術家はカバンを自分の方に倒して開けて、なかをごそごそとして、すぐにふたを閉めて「じゃあGood luck」と言って立ち上がる。一度振り返って「Burning」と言って部屋の右奥の扉から去る。おつきの人も後に続く。私たちは部屋に残され、しばらくすると爆発するはずの静かなカバンを前に、嘲笑しつつ、あきらめつつ、その作品を鑑賞し、享受しようとしているようだった。私はふと気が付いて、こんなもの鑑賞するに値するか?と言って部屋の正面扉を開けて「私は嫌だ!」と言ってみんなを残して逃げる。でもみんなもそれに続いて立ち上がり、急いで部屋を出て、扉をしっかり閉める。数秒後に爆発、窓ガラスが全部ふっとぶ。それでも致死量ではないと言いはってるらしい。

おじさんの気に入らない世の中と若者をぶっ飛ばすっという作品が絶対に美しいはずはないと友人たちと喋って、みんなそれぞれに文句を言い、途方に暮れ、唖然とする。

この夢で出てきたBurningは、さっきのカードゲームの中で印象に残った言葉だった。Burn, Burnt, Burningは「捨てられた札が流れる」ときに使われてたんだけど、それが妙に印象に残ってて、それがこういう形で夢に出てきた。

なんか最近のことと関連してて、やたら納得いった夢だった。

 

  • イースト少な目発酵長めでパン焼いてみたけど、まだまだおいしくない! でもパーネディトスカーナに近くなってきた。ぎっちりしてて、何の味もしないという。もっと白くしたいし、べちゃっとしないで歯切れよくしたい。 

うちにも下津井アンティークの代表、タコの凧みたいなのを買ってみた。かっこいい! けど昨日の雨でちょっとふやけた。ミイラのにおい

先週の路地歩き、楽しかったですね!お土産に頂いたパンもお味噌もすごくおいしかった

ストーブもつきました。あのあと、やっぱり壊れていたスポイトを新しく買ってきて、きれいにしたストーブ4つ中2つはつかえています。台所と、寝室に1つづつ。

灯油は20リットルくらいで1350円...
汲み取りトイレは3カ月使って750円
水は月?1300円くらい
電機は月2000円くらい
ガス代はまだ分からない

スクーターのガソリンは無駄に乗りまくっても月1000円くらい
スクーターの保険が月5000円(まあ初心者だし!)
食費は月30000円くらい(抑えれば1日700円で行ける)
美味しいオリーブオイルは月800円
コーヒーは月1200円くらい
絵具、材料、キャンバス代は15000円くらいかなあ
小遣いは15000円くらい

あと、市県民税、年金、健康保険、学費の返済、が35000円くらい
税金、健康保険が少なくなれば、家賃を1万円払っても、月11万で暮らしていける(週4日バイトして得られるだろう金額)。絵をかいたり、ちょっとした遠出も月1くらいならできる。とりあえず来年はそうして生きていこう。

自分の仕事がしたいと思ってて、自分に合った、自分を生かせる仕事。社会にも必要で、儲かる仕事。誰もがそう思ってるとおもうんだけど。

何がいいんだろうなあ・・偶然の縁もあるし、同僚と仲良いってのもかなり重要。

自分がやるとしたらのお店のコンセプトだけある。誰もがタダでいていい「あずまや」的な場所。お店じゃないんだけど。
タダでエスプレッソと水と、ゆでた芋かりんごが食べれる。コンクリ土間で、モノはあまりなくて、タイルばりの大きな手洗い場がどんとある。あとは大きな机といすとベンチ。天井は高い、クーラーはついてる、ストーブも出てくる。自然光が入る。海が見える、山にも行ける。寝袋を持って来れば泊まれる。そういうとこがあったらいいなと、でもどうすればそれで商売に、稼ぎになるんだろう。

そこに自分の彫刻2万円、絵1万円、椅子5000~7000円、机15000円、藤井君のショッキ4000円と観葉植物5000円とエスプレッソ用豆800円と玄米コーヒー800円が売ってる。
タダでいていい開店日は土曜日だけで、あとはレンタルスペースとして貸す。もしくは泊まれる。(私はバイトもする・・)
これじゃあ稼げる気がしない、どうすれば・・とにかく言いふらして、案を練って、機会を待つ。

インターネットを開くと、勝手にfacebookが表示される。消しても、次開くとまた勝手に。
川端康成十六歳の日記」「伊豆の踊り子」 を読んだ。すごい良い。
イプセン図書館にないので取り寄せ