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語学を身に着けるのに、その言葉を喋る人たちに、知らないゲームを教えてもらいながら遊ぶのは良い。

久々に夢を見た。環境が変わって脳を整理するときに見る、なんか怖くて変な夢だ。
前の夜にバイト先で、ロシア人とイギリス人と英語ペラペラの日本人と日本語英語ペラペラの香港人とで、カードゲームやってて、私も仕事が終わってから参加させてもらった。みんな英語でボヤいたり喜んだり、悩んだり、意地悪したり、駆け引きしたりする。イタリアでもこういうことがよくあったんだけど、一緒にゲームするのはすごく楽しいし、言葉を身体で覚えるし、なんかすごく幸せ。そのときやたら英語が体に入ったせいでたぶん、夢を見た。

夢の中の設定では 有名な芸術家のおじさんという人(椿昇と榎中を混ぜたような容貌で、スキンヘッド小柄)が、私が嫌いな作品で有名になっている。友人たちは、そういうのが売れるのはしょうがないとあきらめている。その作品は道とか部屋に落ちてるカバンが爆発してびっくりするというもので、威力は風圧がひどいだけで、人は傷つけるほどではないということだけど、それがなんの豊饒な芸術なんだろうと疑問に思っていた。最近高校生がその作品で顔にひどいやけどを負ったという事件で非難され話題になっている。芸術方面の人たちは彼を擁護。世間のテレビ見てる人たちは非難してるという状況。
でもなぜかその芸術家とギャラリーか出版社の担当の人、私と私の友人4人が公民館みたいなところで向き合っている。友人は最近子供を生んだ目白の人と、同級生の男の子と、群馬の女の人と、今一緒に働いてる倉敷の女の子だった。芸術家は得意げに呆れた顔で自分の作品の正当性を、お前らにはどうせわからないというふうに話している。若い人たちは嫌気がさしても受け答えはソフトで「はあ」とか「まあ」とか「ですよね」とか優しい。それが気に障ったのか、のれんに腕押しの若者たちに愛想が尽きて、机の下から例のカバンをとりだす。皮でできた、A4サイズくらいで、厚みがあって、外にポケットが二つ付いてる黄色い皮のカバンだった。私たちはそれがあれだと分かる。
芸術家はカバンを自分の方に倒して開けて、なかをごそごそとして、すぐにふたを閉めて「じゃあGood luck」と言って立ち上がる。一度振り返って「Burning」と言って部屋の右奥の扉から去る。おつきの人も後に続く。私たちは部屋に残され、しばらくすると爆発するはずの静かなカバンを前に、嘲笑しつつ、あきらめつつ、その作品を鑑賞し、享受しようとしているようだった。私はふと気が付いて、こんなもの鑑賞するに値するか?と言って部屋の正面扉を開けて「私は嫌だ!」と言ってみんなを残して逃げる。でもみんなもそれに続いて立ち上がり、急いで部屋を出て、扉をしっかり閉める。数秒後に爆発、窓ガラスが全部ふっとぶ。それでも致死量ではないと言いはってるらしい。

おじさんの気に入らない世の中と若者をぶっ飛ばすっという作品が絶対に美しいはずはないと友人たちと喋って、みんなそれぞれに文句を言い、途方に暮れ、唖然とする。

この夢で出てきたBurningは、さっきのカードゲームの中で印象に残った言葉だった。Burn, Burnt, Burningは「捨てられた札が流れる」ときに使われてたんだけど、それが妙に印象に残ってて、それがこういう形で夢に出てきた。

なんか最近のことと関連してて、やたら納得いった夢だった。