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アトリエに入って彫刻やり始めると、気持ちが良くて、全部忘れてしまう。だからやらなきゃいけない事はメモしておいて、今日は暗くなるまでやってていいていうことにしておく
 
チェンソーなんか振っていると、集中が本当に大事。足とか目とかすぐケガしかねない。朝から車を運転して出勤する人はすごいなあと思う。私は朝の気持ちよさで、お酒飲んでる時よりぼーっと運転してしまうだろう。チェンソーはうるさいから10時以降しか使わないようにしてるけど、今変な使い方してるから、けがしそうって何度か思った。体をぼろぼろにしながら努力をする人がいて、それを評価されるのが嫌だと、いろんなんところで言ってきた。林檎の自然栽培で有名な木村さんだっけ、歯がない人。出稼ぎしてた時にチンピラに殴られて歯がない。以前、ストイックな友人に「井浦さんもその年なら歯の神経の一本くらい抜いてるでしょう、え?!抜いたことないの?!」って言われた時も、私歯が抜けるの本当に嫌なの。って思った。
 
器用だってことは、自分の体と世界をマッチさせられるってことな気がする。あと体全体の筋力。チェンソーを使うときも、重いものを持ち上げるときも、腿の裏をよく使う。腕とか腰は使ってはダメ。でも力持ちの男の子はわざと、腕や腰の力で持ち上げる。その方が力持ちに見えてかっこいいからだ。力のない女性でも、体全体がうまく使えてればけっこう重いものも持てる。でも、見た目が悪いので、男の子はやってくれたがる。
 
梨木香歩が顔を全然ださない。ドイツで育った両親日本人の女の子が、「チップ制って、女の子がおじさんとかに色目を使うと高くなる。それってなんか、なんか」と言っていた。女性でも男性でも、素敵な人はすてきだ。顔がでかくても、左右の目の大きさが違っても。
「顔がでかいこと笑わないでよ!」という男の子がいる、面白く言って気にしない風を装ってるけど気にしてる。でも、顔がでかいのも本当に良いと思う、仲良くしたくてからかっちゃうけど。おしりも大きくて、いい男だなあと思う。
 
須賀敦子はもう死んじゃったけど、検索するといくつか顔写真が出てくる。私大好きな作家。彼女は女性として愛され、女性だからさげすまれたこともあったろうし、人間として愛され、人間として仕事して、日本人として見られ、日本人としてのけ者にされたり、愛されたり、してた。
 
芸術は自分の内側を掘り下げていかなくてはできない。
売りたいと思って周りの要求にこたえようとしすぎた。
ストイックなのがかっこいいと思うけど、おおらかなのがすてきだとも思う。
女性的だから嫌ってことと、女性的ですてきだということもある。
芸術には強い思いが反映されるけど、愛も不幸も本当は芸術に関係ないのかもしれない。
技術がすごいということは、精神が優れてるともいえるけど、そういう精神の高みじゃなくて、広がりのようなことを意識してみようと思う。
 
評価されるようなものを作らなきゃ甘いんだと思ってたけど、人にわかるように作らなきゃ、意味がないんだと思ってたけど、やっぱり評価は難しいから、おいそれと評価してもらえるもんじゃない。死んでからの評価でいいやと覚悟を決めよう。
来年は彫刻はこもって研究しようと思う。
良いもたくさん作って、それから誰かに売ってもらおう。
 
去年の目標は愛されることを受け入れるだったけど、達成はしなかったけど、今年は愛そう。破壊の力じゃなくて、愛してる気持ちで作ろう。気持ち悪いけど、私が死んだ後に見るならいいでしょう。もう死んだおばあさんの持っていた、深い愛情。私が須賀敦子の本を読んで感じるような。
あるいみ、自分が大事にされる現場が見つかったことは愛されることを許そうとした成果と言える。けど、すごく切ない。
でも、芸術家としてより役に立つことがあればそこで生きた方が私も幸せだ。
 
周りの人にも、自由で幸せでいてほしい。悔いなく生きてほしい。